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【About you】♯101 さえりさん

About you

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■Basic data
名前:さえりさん
生年月日:1990年8月25日 (24歳)
 
 
■Questions
 
―3年くらい前、Twitterで見かけたのをきっかけに、メッセージをやりとりさせてもらったり、言葉本を買わせていただいたりはしていたのですが、本日やっとお会いできて嬉しいです。よろしくお願いいたします。
まずはお仕事について伺おうと思うのですが、最近転職をされたんですよね。しかもあのLIGへの転職と聞いて驚きました。
 
よろしくお願いします。
はい、先月転職したばかりです。LIGはWeb制作会社で、IT界隈では知ってくれてる人も多いみたいで。縁あって入社させてもらいました。
LIGというとLIGブログのネタ記事のイメージが強いと思うんですが、わたしは自社メディアチームでは無く、外部メディアを運営するチームに所属しています。記事の企画・制作などを主に行っています。たぶんLIGの中でも一番LIGっぽくないチームだと思います(笑)。
 
―とはいえ、一緒に仕事をするメンバーさんはみなさん色が濃そうですね(笑)。転職してから大きく変わったことなどはありますか?
 
前は出版社に勤めていたのですが、そのときは日々プリントアウトして校正作業などをし、ファイリングをする、という文化だったので、紙もファイルもほとんど無いし、添削はすべてWord上という仕事の進め方やオフィスの風景にまず驚きました。というわけで、今は日々PCと格闘中です(笑) あとはオフィスの雰囲気があまりにカジュアルで。私自身マイペースに働けるようになったのは大きな変化です。
 
―前職は出版社とのことですが、どんな経緯で転職を考えられたのですか?
 
学習参考書専門の出版社でしたが、「今後一般書部門を始めていくことになった。その前にWebマガジンを立ち上げるから一緒にやってみない?」とお誘いをいただき、就職しました。
ただ、諸々あって元々お話をもらっていた内容のお仕事には携われなくて。書籍も、ビジネスマン向けの、私にとっては馴染みのないタイプの本を出版する方針になり……。他にもいろいろあったんですけど……、いくら育てていただいても、(会社にとっての)いい企画を考えられないかもしれない、って強く思ってしまってからは続けることが難しくなりました。出版社にもカラーがありますし、いくら自由に発想してくれと言われても好きにできるわけではないので……。作るものを好きになれないかもしれないと思っている人が組織に居るのってよくないよなと思いました。一度気になっちゃうとダメで、決めてからの行動は早かったです。
 
会社の人からは「今辞めても就職は厳しい」と言われてしまうし、親からも「次を決めてから辞めなさい」とは言われていましたが、何も決めていないまま辞めてしまいました(笑)。結局、退職の2日前に、2人の友人から「LIGが編集者を募集しているから話を聞いてみない?」と言ってもらい、縁があって入社し今に至ります。運よくLIGに拾ってもらえて……本当に有難いです。
でも、「次が決まってからじゃないと……」みたいなのは、自分への足かせになると思っているので、次の保険がなくともまずは行動してみるのは大事だなと思いました。ちょっと勇気がいりますけど……(笑)前の会社には、良くしていただいたので...。申し訳なく思っています。
 
 
―今日お会いするにあたって、過去のツイートをあらためて拝見してたんですが、こんな言葉があったんです。、「1つひとつの出来事を、まともに考えたり向き合ったり、『?』を自覚したりするから、毎日起こる出来事に追いつけなくなる。」違和感が無視できない、というところが性格的にあるんですかね?
 
あると思います。「なんでそこ気になっちゃうの?」って人から言われてしまうことが気になってしまうし、納得感が得られない限り、行動に移りづらいところはありますね。そのあたりすごく不器用なんです。
昔からそういう性質があって、親とか先生をよく困らせてた気がします。数学でも「なぜ、この公式を使わなきゃいけないの?」とか聞いたりして(笑)
別に公式を使いたくないわけじゃないんです。ただ、これを使うに至った経緯を知りたくて。先生に聞いて、その結果たとえば私には理解しきれなかったとしても、「あっ、この人はなぜこれをしなければならないかをわかったうえで私に言ってくれてるんだ!」と思えると安心できて動けるんです。
ちゃんと知りたい、ちゃんと納得して自分の意思で動きたいというのはすごくあるけれど、昔に比べて今は考える時間がだいぶ無くなってきましたね。どれだけ考えようと考えまいと次の日は来て、仕事に行って、また新しいことが降ってきて。。となるのでうまく対処できるようになりたいなあとは思います。
 
 
うまく受け流しながらの方が要領良く生きることは出来るかもしれませんが、そうした疑問や違和感に向き合うことは無駄ではない気がします。
ちなみに、個人的にはさえりさんが就職したのが結構意外だったんですよ(笑)。てっきり個人もしくは小さなチームでお仕事をされるのかと思ってたので。
 
それ、周りの友達にもよく言われました(笑)。学生のときは色んな生き方ができないかなあと試行錯誤したんですが、その結果「ひとりじゃ戦えない」「身を守れない」と感じて、就職する道を選びました。
そんなに高いところを望んでなくても、お金持ちになりたいわけじゃなくても、やっぱりひとりで立ち向かうことって簡単ではなくて。東京に居るとお金も掛かりますし(笑)。その結果、「もっと稼がないと食べていけない……」と焦って、日々の生活が脅かされたり、余裕が無くなって人との間にひずみが生まれたりしてしまうのもイヤだったし、そうした問題事にタフに立ち向かえる方ではないなと身に染みてわかりましたね。
どこかに所属したいという気持ちが出て来たときに有難いことに声を掛けてもらったのが前職の出版社だったので、書くことや言葉の近くには居れるし、とりあえず飛び込んでみようと就職を決めました。
 
 
―絵や言葉はいつから書かれてるんですか?
 
小さい頃から作ったり描いたりするのは好きでした。小さい頃から日記を付けてたのですが、画用紙に表紙を付けて、鍵を付けて、、っていうように日記帳を作るところから始めてました。出来は良いとは言えないですけど、何かと工作するのが好きだったんですよね。
創作とは少し違いますが、春になるといつも花を摘んで帰ることもありました。「花が咲いてる!お母さんに持って帰ってあげなきゃ!」って思って、摘んで帰った花を水に浮かべてみたり、押し花にしてみたり。母親がそういう「小さな楽しみ」をつくるのが得意な人で、花にしても、「どこから摘んできたの?」とか「汚いからやめなさい」って言われずに、いつもすっごく喜んでくれるお母さんの笑顔を見るのが嬉しくて続けてたんだと思います。
 
―今はどんなときに絵や文章を書きたいと思うんですか?
 
元気が無いときのほうが多い気がします。3年くらい前に、心身ともに元気を無くして、パンクして、思考が追い付かなくなった時期があったんですが、そのとき最初にやったことが、真っ白なコピー用紙にひたすら絵を描いていくころでした。暗い絵なんですけどね(笑)。
 

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(※一筆書きで仕上げたウサギの絵)
 
 
たぶん言葉にするのも追いつかなくて、絵をどんどん描いてたんだと思うんですが、そのときに、気持ちや感情を自分の外側に出すことって大事だなあって感じました。
元気が無くなったものの、最初は休むことが嫌で仕方なかったんです。「休んでるってことは何も出来てないってことだ」って自分を責める思考になって。実家に帰ってる間も、「私は東京に居られないから今ここにいるんだ。何も出来てないんだ」と思うと辛くて仕方なかったです。
  
 
―そんな状況から、どうやって元気を取り戻していったんですか?
 
お母さんとお父さんの存在が大きかったと思います。
実際、そんな時期は親とかにもあたっちゃうんですよ。ひどいことを言っちゃう。
でもお母さんは、「今のお母さんの役割はこれだから。」とどんなことも受け止めてくれました。本当はとても傷ついただろうけど、受け止めてくれて。お父さんにも強く当たってしまいましたが、波が落ち着いてから謝りながら、気持ちや思っていることを色々話していると「こういう風に話をゆっくりできるのは小さい頃ぶりだからうれしいなあ」と言ってくれて。辛い・悲しいという自分の感情は、溜め込まずに自分の外側に出すことが大事だと思いますが、わたしの場合は、そこに「受け止めてくれる安心できる存在」がいたことが大きかったです。吐き出して吐き出して吐き出して元気になることができたんだと思います。本当に感謝しています。
 
―東京に戻ってきて、また学生生活が始まって、、とふつうのリズムになってキツくはなかったですか?
 
怖がりなので決意とかしたくなくて、「がんばる!」は言えなかったので、「ちょっと東京戻ってみるよ~」」「まだわたし本調子じゃないけどね~」なんて言い続けてたら1年くらい経ちました(笑)。いいことかどうかは分からないんですが、無理に決意して「ちゃんとやるぞ!」って思ったのに、実際にはできなくて自己嫌悪になる……というのが嫌なんです。ちゃんと実行できるに越したことはないですが、自己嫌悪になるくらいなら、ゆるい気持ちでやってみるというのもイイなと思っています。東京に戻ることにしたのも、「まあ、無理だったら帰ればいいし。」ってのんびり考えるようにしたのがよかったのかもしれません。
 
―がんばり屋なのはどこから来てたんですか?
昔の方が責任感は強かったんですよね。親が自由に育ててくれてて「〇〇しなさい」と言われなかった代わりに、私は親を悲しませない責任があるとは思ってました。「信頼してくれてるから何も言われない、だからちゃんとしたい。」って。それが染みついてて「ちゃんとしなきゃ、きちんとしなきゃ」ってどこでも誰に対しても思ってしまうところがあったのかもしれません。ちょっと生真面目な時期があったんです。今じゃ考えられないこともありますが(笑)。
 
少し考え方を変えた結果リズムを取り戻せたっておっしゃってましたが、考え方が変わったりするきっかけは、何か大きなターニングポイントがあるというよりは、日々の出来事の積み重ねによって変わっていくんですか?
 
そうですね。たまに「自分を変えた出来事はなんですか」とかありますけど、これだ!っていうのはないんです。ただ、日々一つひとつのことに関して考えすぎちゃうので、小さな出来事からも「ああ、こういうことか」っていう気づきをたくさん得ている気がします。あまり大きな発見ではなくとも、それらが重なると、ちょっとずつ自分が変わっていってるんだろうなあ、と感じています。
 
あとは、自分を変えたものといえば恋愛ですね(笑)
「話し合えば人は分かり合える」と思ってた私の考えを壊してくれた人も過去にはいました(笑)世界には、そもそも分かりあう必要性を感じていない人もいて、そういう人にはいくらこっちが言葉を選ぼうとどんな説明をしようとタイミングを考えようと伝わることはないんだなあ、ってことを気づかされたり。
一方で、わたしのことを「100%理解できるまでわかりたいんだ!」っていう真反対の人に出会って(笑)その人には、彼が100%「なるほど!」と思ってくれるまで説明しなければいけませんでした(笑)わかりたいと思ってくれるのはありがたいんですが、やっぱり他人なのでいくら伝えても理解できないこともあるじゃないですか。
色んな個性の強すぎる人がいましたが、今は「理解できなくとも、受け止めてくれる」人と一緒になりたいと思ってますし、「俺はその考えに100%の共感はできないけど、あなたはそう思うんだね。」って、ただただ認めてくれる人がいいですね。価値観の認め合いという言葉に置き換えられるかもしれませんが。
 
ただ、私自身、「相手の価値観を認めないと……」と、どんなものでも受け入れようとしすぎるところもあって、価値観の遠すぎる人との恋愛もしてきてしまいました(笑)今、自分の課題として思っているのは、色んな価値観を許容するのはいいことだけど、その上で「でもわたしはこれが好き!」とか、「これはあんまり好きじゃない!」って意見を、その先に持たなければいけないなあ、と。選択していくことがちょっと苦手なので、難しくはあるんですが。
たとえばすっごいひどい言葉を言われたとしても「彼はきっと今傷ついていて、自分のことを守りたいからわたしにこう言ってるのかな?彼はそういう人なんだろうなあ」とか思うと怒りとか湧かなかったんです。でも、本当は「それでもこんなひどいことを言う人はいやだなあ」って思っていいんですよね。
 
―さえりさん、怒ってるイメージが無いですもんね(笑)
 
怒りを表出させることがすごく苦手だし怒り方がわからないんですよね。考えすぎちゃって(笑)。ストレートに、「あー、ホントむかつく!」とだけ、ぶつけられたら楽なのに、って思う場面はあります。
本当は怒りたいのに怒れなかった、その気持ちがどこにも行けずに残ってて、何かのタイミングで表出してしまうこともありますしね。
ある日、帰り道に月を見ていたら泣けて来たことがあって。「あ、わたし悲しかったんだ、いやだったんだ」っていう感情がいきなり湧いてきて。すごく悲しい作業なんですけど、ひとりで「悲しかったんだね。つらかったよね。怖かったよね。」とか言って自分の気持ちを受け止めつつ歩きました(笑)。自分の気持ちをちゃんと受け止めることって大事だと思います。もちろん理想としては、受け止めてくれる場や人を持つことですけどね。
 

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ツイッターや日記は日々の自分の記録という側面があると思うんですが、一方で作品は人に届けるものですよね?どんな気持ちで創作されてるんですか?
 
2〜3年前に自主制作した言葉本のことですよね。
 

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あれは今考えると恐ろしくて自分じゃ見れないんですけど(笑)、あのときはほとんど鬱のようになってて家から出られなくて。でも疲れてたので、何か作りたかったんですよね。実際には作るだけじゃなく売ったので、返ってくる反応があるじゃないですか。私からすると書いた段階で本は私の手から離れてて、後で読むと自分の気持ちってわけじゃなくても、その本を買ってくれた人はその本を開くといつでもメッセージに触れられるわけで。「ひさしぶりに読んだよ」と言われるとちょっとドキッとしたり(笑)。いつでも何度でもこの人たちのタイミングによって開かれることは、壮大だし恥ずかしいなって思いましたね。未だにドキドキします。
 
―なるほど。では、何かメッセージを届けたいとか、この本を読んだ人にこうした気持ちになってほしい、というよりは、「まずさえりさんの想いを届ける」という起点から創作されたんですね。
 
そうですね。言葉本は、自分の想いがひたすらに書いてある本だったんですけど、そもそも人をこうしたい、っていうのはあまり得意じゃなくて……。でも、これだけ人がいると自分と同じことを同じタイミングで考えてる人も意外といるじゃないですか。そして、「あ、この人も同じことを思ってたんだ」って知るだけで楽になれたり安心出来たりすることってありますよね。ほっとしたり、別に答えが出なくても「私もそうなの」と思えるだけで救われたり。
言葉本も、自分が感じたことや考えたことをそのまま発信した先に、そんな気持ちになってくれる人が一人でも居たらいいなあ、という気持ちで制作しました。
 
-また言葉本を出したいとは思いますか?
 
あの本を出して2年くらい経ちますけど、もうちょっとダイレクトに「こんな人にこういう気持ちになってもらいたいなあ」ってところから何か発信してもいいかなって最近は思うようになりました。臆病だったので「私はこうだよー。みんなはー?」みたいなスタンスだったんですけど(笑)、もうちょっと勇気を持って「こうなってほしい!」という気持ちを軸に、言葉を発信してみるようなステップに移りたいと思うようになりました。
わたしは基本的に落ち込みやすかったり、敏感だったり、ぽきっとなりやすかったり、負の方向にいきやすかったりするんですが、だからこそ同じように悩む人の気持ちも少しはわかるし、そういう人たちと繋がっていきたいんです。
きっと悩んでいる人もいっぱいいるだろうから、そういう人たちがちょっとだけ自分を好きになれたり、まあこれでもいっかと認められるようなきっかけを作れたらいいなあと。敏感な人はすごく優しいはずだし、その分傷つくはずだし、生きにくいこともあるはずだから。
 
実際TwitterやBlogから悩みを書いたメッセージを送ってきてくれる人もいるんです。私も「こうしたらいいよ」ってアドバイスができるわけじゃないのでただ読んで、自分のペースで返信するくらいしかできないんですが、顔も知らないからこそ「これが嫌!」「これがつらい」って言えて楽になれたりするのかなって思います。私自身、辛い気持ちをただただ受け止めてくれる場所を探していたこともあったので、同じような人たちが「辛い!」と思った時に「そうだ、あの人に言ってみよう」って場所になれたらいいなあと思います。
 

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―最後に、未来のことについて伺いたいのですが、どういう女性になりたいとかってありますか?あまり目標とかって持たないタイプですか?
 
そうですね、あまり「こういう風になりたい!」ってのはないですね(笑)。ただ、自分に不信感のない状態で生きれたら、とは思います。昔から言ってることなんですが、「自分はなんでこんなことしてるんだろう」とか「こんなこと本当は言いたくないのになんで言っちゃうんだろう」とかそういう気持ちを持ち続けてる時っていわゆる「自分らしくない」ってやつだと思うんです。
自分の心と、自分の行動が伴っていることが「自分を信頼できる」=「自信がある」状態だと思うので……。日々そういう状態に持っていけるように意識して、もちろんうまくいかない時期も経験しながら人生単位で、よりよい自分になっていきたいです。自分がよりよい状態になってはじめて、人にも、本当によいものを届けられるような気がします。
 
その他にこれがしたい!ってことはあんまりないけれど、人とつながったりとか、日常がほんの少し豊かになったり、ちょっぴり優しい気持ちになれるようなものを作ることはしていきたいですね。出来ればアナログな方法で。届けるための手段として、Webは勉強していきたいと思っています。
 
強くなりたいとはあまり思いません。そのまんまの自分で、ちょっとずつ自分を癒しながら、いい面を伸ばして、いやになったときは吐き出して、、、そんなのを繰り返しながら生きていければいいんじゃないかなって思います。
 
 

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■My note

さえりさんを知ったのは3~4年前。Twitterのタイムラインを眺めているとき、フォローしている誰かがさえりさんの投稿をリツイートしてたのが、おそらく出会いだったんだと思う。

繊細な言葉を紡がれているさえりさんの感性に釘付けになった。ちょうどそのときに販売されていた言葉本も買わせていただいた。

当時は、個人的に結構つらいことが重なってだいぶ心が弱ってるときだった。でもそれを誰にも話せず普通に振る舞っていた。無理をしてパンクしそうになっていたわたしの中に、さえりさんの言葉はやさしく染み渡ってきて、心を洗ってくれて、何度も励ましてもらって、すごくすごく心の支えになってた。いつかお礼を言わなきゃとこれまでずっと思ってて、今回はじめてお会いできたけど、本当にイメージどおりで誰をも包み込む優しさと愛が溢れ出てる人だった。

たくさんの経験をして、たくさんの感情に彩られてきて、今のさえりさんがある。

だから、さえりさんの言葉や優しさは触れる人の心に届く。

その瞳に映る景色が白黒に滲む日も、カラフルな虹色に輝く日も、これからもその感性で世界のワンシーンを切り取り続けてほしい。